風紋

外資系のソフト会社 コンサル職のおっさんの日々

悪魔の手毬唄

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適応障害の頃には怖い映画なんて絶対見たくなかった。頭が耐えられない。神経が耐えられない。心が耐えられない。自分から自分を不安にさせるものを観るなんてとても無理だった。

心がすごく澄んだ状態になるので、ストレスがダイレクトに脳みそにくるのだ。

頭の中のチェーンがバラバラになって、ほとんどの物事に対して取り組む気力と勇気が出なくなるのだ。

鬱病というのは外科的に脳の何かが傷ついていると思う。神経のつながりとか、何かが。健常者が感じるやる気の無さとか、気だるさとは、全く種類が違う。自分ではどうにもならない思考力の低下に蝕まれるのだ。

 

そうしてみるとこの映画を観る気になれたのは大きな回復のように思う。

何故手毬唄になぞらえて殺人をしたのか、が、よくわかった。なんでこのタイミングで殺人をすることにしたのか、そもそもそんなことで殺意が湧くのかな、などの疑問は自分としては残ったけれど、画像の美しさと、市川崑の編集の味に囚われていつのまにか見終わってしまう。謎の失踪を遂げた二人についてのトリックは、なかなか驚かされた。

そして最後に起きる悲劇の悲しさも、いつまでも心に残りそうだ。