風紋

外資系のソフト会社 コンサル職のおっさんの日々

判断について

朝、起きた時は大抵、頭がズンと重くて悲しみの煙のようなものが目の裏に立ちこめる。これは無理だ。オレはとても今日は働けない、と真面目に思う。でもオレは知っている。前もそうだったように動き出しさえすれば、ご飯を食べたりすれば、また心は仕事モードに切り替わり、ちゃんと働けるようになることを。眠いけどね。

こういう心の動きの節操のなさに自分でも振り回される。こうだと思い、こうに違いないと、旗を立てた判断も、翌朝になったらやはり違っていたなと考え直したりすることが多い。

一体いつの判断を正式な「自分の判断」として寄りかかっていいのかよくわからなくて、今ここでくだす決断も後になったら「なんであのとき」と思い返すことになるように思えて、本当に足元の柔らかさが心許ない。

なので大きめの判断をする時には、朝昼夜とその判断が変わらないかを点検して、空腹時と満腹時も同じかを確かめないといけないのだろう。そんなことをいちいちやるのは大変なので、もともと自分の考えなんてその時限りのもの、と、割り切ってしまうのも良いと思う。

そのとき限りの判断で、その後の一生が変わっていくこともあるだろう。それでいいじゃん、と、今の自分は言えなくて、なんでこんなにクルクルと変わるのだろうかと残念に感じる。