Zeldaの伝説、Breath of the Wild の2回目のクリア。
5年くらい前にやったときには大分息子君の力を借りていたことと、あちこちにある謎やイベントを結構飛ばしてクリアしてしまったので、今回は舐めるようにじっくりとあちこちに行って隠れている祠を見つけたり、ストーリーを楽しんだりした。なので、防具もかなり強くしてから挑んだので、ラスボスだけれども初戦で一発クリアとなった。ラスボスと戦いながら興奮していたせいなのか何なのか、涙が頬を伝っていた。
涙 = 泣く
ではないのだな、と思った。
泣こうと思って出した涙ではなくて、知らないうちに涙が勝手に出てきていたのだ。
どういうときにそういうことが起きるのか自分でもよくわからないが、ラスボスの厄災ガノンが最終形態になってあとはこれを倒せばいいのだ、というイベントに持ち越したときにも涙が邪魔でゲームがやりにくく感じられるくらいだった。
最終決戦の後のエンディング動画です。2017年発売のゲームですが、まだこれからやるつもりの人はクリックしないでください。
英語版では、
"May I ask...."
と言ってから、ゼルダは "Do you remember me ?"
と言うのだなあ(動画の2分30秒あたり)。
また見ていて泣きそうになってしまった。
このゲームがずっと「ゼルダの伝説」となっているのが憎いよなあと思う。戦っているのはリンクというキャラなのだが「リンクの伝説」ではないのだ。そのリンク(Player)が苦しい思いをしたり、ハラハラしたり、頭を使ったりするのはすべて「ゼルダ姫」を助けるためなのだ。ゼルダ姫にはそれだけ価値があるのだ。リンクが大変な思いをすればするほど、その目的であるゼルダ姫が大きな意味を持ってくるわけだ。それだけ苦労してでも助けたいからこそ、伝説はゼルダ姫についてのものなのだ。このタイトル付けも憎いよな、と思う。
こんなに苦労したのもゼルダ姫を助けたい一心だったPlayerに対して、彼女は
「私のことを覚えていますか?」
と恐る恐る聞くのだ。
「ばかー!当たり前だろうが!」
勝手に涙が出てきてしまう。
57歳のおっさんを泣かせるなんて任天堂は悪いやつだ。