風紋

外資系のソフト会社 コンサル職のおっさんの日々

読書 道草

 

どんな小説になってもいいように、小説のタイトルを夏目漱石は適当に幅広に取っているのだ、と聞いたことがある。

「明暗」などは、どこがどう明暗なのか小説の中にははっきり出てこない。

「こころ」「それから」「門」など、どういう話になっても通じそうなタイトルばかりでその辺は夏目漱石も無計画だったのかなと思う。「門」は、小説の中盤を過ぎても門が出てこない。

タイトル回収のために主人公が仏門に修行に急に行ったのではないか、と悪口も言われている。

 

「道草」はまだ読み始めたばかりだが、きっと最後までどこが道草なのか判然としないに違いない。それでもかまわない。夏目漱石の文は読んでいて気持ちがいい。もやもやした人の気持ちを的確な言葉ですくい上げて文を紡いでいる、その言葉への鋭敏な感覚は読む人を癒やす。少なくともオレは癒やされる。「明暗」は3回くらい読んでいるし、「門」も2回読んだ。しかし「道草」は読んでいなかったのに気がついたので読み始めた。

人生を一本の道と考えたなら、毎日やっているちょっとしたことはどれもこれも道草じみてくる。どれが本道なのだろうか。