風紋

外資系のソフト会社 コンサル職のおっさんの日々

自己承認欲求の発露としての株取引

 狂ったようにあがっている、キオクシアという銘柄を空売り。1月は割と順当に利益を増やしていたのだが、本日1日でそれを飛ばしてしまった。

 

 昨年の9月に買うと1単位 2,000円 くらいだったキオクシアだが、今売ると18,450円と、ええとええと9倍くらいになっている。どうして昨年の秋頃に買わなかったのか、と悔やまれるが、あとからならいろいろいえるよね。

 

 ここ3日のロウソク足が下向き加減だった。「ここで仕掛けてみよう」と息巻いて取り組んでの損失であった。そして敗戦。

 グングンとあがっている絶好調銘柄、キオクシア。これになんで挑んだのか?

 車が激しく行き交う道路に飛び出すようなものだ。なんでそんな危ないことを。

キオクシアの日足

 自分で自分について内省してみた。

 そうして思った。

 

「すげえ」

 って、自分で自分に言いたかっただと。

 理性では「やってはいけない」と知っているのに。

 駄目駄目駄目、脳みその中から「やめろ馬鹿」と喚くモラリティ・・。

 

 株取引を通して人びとを出し抜きたい、そんな気持ちが自分にあるのだ。だから変なグロース銘柄などに手を出す。大きくもうけた後で「目の付け所が面白かっただろう」と自分で悦に入りたい。すげえと興奮するために、下がっている銘柄を買ってしまったり、上がっている銘柄に売り向かったりする。こういう自分に今日気がついた。

 これでは株で勝てないわけだ。

 

 株で大切なのは「大きな流れに素直に従う」だからだ。人と違うことをすればもうかるという逆張りは、しばしば大きな流れに呑まれて消えてしまうのだ。でも、人と違うことをしてみたい、というのはオレの性分みたいなものなんだよな。

 OSが株取引向けにできてないのだ。そもそも。

 

 つまりは株取引には向いていない性格だったわけだ(それは戦績が証明してくれている)。それでも株取引をやめたりはしないわけだが自分で自分を「すげえ」と思うことのない、もっと地味で静かで淡々とした取引の仕方に切り替えようと今日思った。30代の頃に思いたかった。

 今年に入ってからの取引は勝率8割くらいで、ちょっと調子に乗っていた。この、調子に乗ってしまって油断してしまうのもオレの性格の問題なんだよなあ。