この本には病気の人と貧乏な人ばかり。
主人公の健三のツマは咳が止まらない。健三の姉も咳が止まらない。健三の兄は病気ではない。健三には、健三を幼い頃に育てて、途中で子供を捨てていなくなった夫婦がいる。彼らは病気ではないが、昔のよしみでとかなんとか言って金の無心にくる。義父は義父でくる。義母と義父は離縁しているのだけれど、義母も来る。嫁の父も生活が落ちぶれてしまい、金の相談に来る。
健三は仕事に追われている。生活力がない。妻の出産に一人で立ち会うことになったが何にもできなかった。
健三は仕事のために半紙に赤字でいろいろ書き込んでいる。何をしているのかは小説では語られない。ただ一生懸命なのだけがわかる。
なんだか身につまされた。
株で儲けるためにチャートを見たり本を読んだりと悪戦苦闘しているのだが、本当に運に恵まれない。損ばかりしているオレと、家庭のことを投げ打って仕事に没頭して半紙になんか必死に書いている健三、なんか自分と重なっているものを感じた。むしろ勉強したが故に、それに従って失敗することもある。勉強なんぞしないほうがよかった。
仕事運はこれまでをみてみると良いと思うし、家を買う時もたまたま東向きの部屋がうまく売り出されていたので今は採光がしやすくて最高だ。
自分では比較的運がいいほうだと信じている。だが、株の才能だけはすっからかんだ。空売りした株は必ず上がってきてしまう。買った株は右へならえで下落してしまう。誰かに見張られていて、意地悪されているのではないかと疑ってしまう。
株なんてやらなければもっとオレの口座には金があった!
売らずに買っていれば、買わずに売っていれば、と逆をしていたら財産が増えていた。超人的に下手くそなのだ。
それでも取引して上がったり下がったりをみるのは好きだ。株をやったことでオレの人生には思い出が刻まれている。損した思い出ばっかりだけれども、それらを誰かに没収されたらなんだか寂しい気もする。でも、その分だけ旅行でもしていたら良かった。色々考える。
株取引こそがオレにとっての「道草」なのかも知れない。