負けてばかりの1日

せっかく高い焼肉屋さんで奮発して美味しいものを食べたのに、パチンコで少し負けて、将棋で息子に連敗して、持ち株も下方修正でトンネルの出口は遠いし、天気はいまいちだし、負けてばかりでつまらないなーという話。お金を使うことでこういうのを発散するようになったら、もう買い物依存の始まりだよな。どうせなら活字依存とか、音楽依存の方がいいかな。結婚しているので、彼女にフラれるとかそういうのは今の生活には載ってこないのが、まあいいところかも知れないけれども。

冴えない週末、情けない週末、まあ、そういうのもあるよね。さっさと気分転換しよう。

自分以外の何かのため

「夜と霧」という本では、アウシュビッツでひどい目にあったフランクリンという人が心をどのように保って奇跡的に生還したのか、について書かれている。彼が心を病まなかった一つの理由は「この経験を本にして歴史に残そう」と、自分のひどい目にあっている意義や意味をそこになんとか見出すことができたからだ。精神科医として、自分の心の動きをしっかり貴重な体験として残していこうと。

 麻雀には「さし馬」という賭けのルールがある。この人が勝つのに賭ける、というやつだ。差し馬として指名されると緊張する。けれど、負けるとこの人に迷惑がかかると思うと集中力がさらに高まってくる。やる気が出てくる。自分だけのため、ではなくて、誰かに期待されているのだ、と思えると少し余計に頑張れる。

 仕事には理不尽なことばかりで、人が作ったソフトを、その人の代わりにお客さんに説明して、そして問題が起きたら自分が怒られる、という俺の立ち位置。なんだかつまらないな、と思ってしまう事もよくある。もっと楽しい仕事があるのではないかとも。そういう時にも、この仕事をやり遂げてもっと製品に詳しくなって、お客さんを助けてあげられるようになろう、とうまく自分の気持ちを誘導できれば、そういう時には、少しやる気が出てくる。いつもそんな風にうまくいくとは限らないけれど。

 スポーツ選手はどうなんだろう、個人戦団体戦で意気込みは違うものなのだろうか。

 一人で暮らしている人も、自分の生きている意味がなんだか透明になっていくのが辛くて、ペットを飼ったり植物を育てたりする。

 人の幸せは人に何かをしてあげることだ、と、ボーイスカウト創始者のベーデンパウエルは言っている。人に何かをしてあげられない人生は悲しいので、だから、人は勉強したり努力したりして、何かができるようになる自分を目指すべきなのだと思う。学校の勉強をする意味は実はそういうところにあるのではないかな。

 自分のために朝5:30に起きて弁当作りをする方がつらい。息子のために起きるのに比べれば。息子のためだと思っているからこそ、なんとか布団から出てこられるわけで。

 だから、仕事で人を喜ばせてあげられる自分でいたい、という気持ちを仕事に対して保てるうちはまだ大丈夫。もうこんな人たちのために働きたくなんかない、と思い始めたら、もうその仕事から早く手を引いたほうが心のためだと思う。こんな人たちのためになんか頑張りたくない、と客が大嫌いになったのに、それを押し殺して無理して一ヶ月間働いた時に、俺は、適応障害になったのだった。

フラット型組織の災禍

誰が誰の指揮下で動くのか、実にフラット型の組織派わかりにくい。各自が現場でお客さんの言われるままに、何とかやっているわけだが、お客さんの厳しいと要求を拒むのも自分の心と生活を守るのも、自分の管理の一部なので、気の弱い人や優しい人は誰にも助けられることもなく、ただ追い詰められていき疲弊していく。うちの会社はまさにそういう感じで、お客さんにとっても、誰に何を頼んでいいのかよくわからないことがあり、呼びかけても、誰もが顔を見合わせるばかりということもあり、お客さんもこのフラット型の組織を持つうちの会社との付き合いにくさを感じていると思う。

 

暴飲暴食、少なし仁

お好み焼きを4枚焼いた。一人当たり、約1枚くらいがちょうどいい量なのかな。息子が1/2枚しか食べなかったので、残ったらお好み焼きのタネを全部焼いて、うまいうまいと腹に詰め込んでしまった。最後の1/2枚は、なくてもいいなあ、と思ったが、食べれるなあとも思ったので、食べてしまった。ツマも同じだけ食べた。

そしてその後にケーキを食べて2時間後くらいに、それはやってきた。

激しい腹痛。

いた、いた、いたたた。

布団に入ってからその腹の痛さに身悶え。息も苦しい。吐き気もする。俺はこれまでの人生で吐いたことがない。なので、今回も吐かないだろうなと思ったが、吐きやすい人は逆に楽だったのかも。

ツマが心配して足を揉んだり、背中をさすったりしてくれた。背中をさすってもらったら少しゲップがでた。それから温かいお湯を沸かして飲んだ。苦しいよー。

今回は体の左を下にして静養。ネットでは体の右を下に、と書いている人もいた。場合によるらしい。どこをさするとよいとかわからないので、ツマには何もしないでもらうことを望んだ。が、ひとりは心細かった。なので、ツマには、隣で遊んでて、というよくわからないことをお願いした。

30分くらい苦しんでいるうちに落ち着いてきた。痛みというのは人を消耗させるのだったな、改めて思い出した。疲れがすごかった。

 

風呂に入ったらまたさらに楽になった。パンツを脱いで腹に余裕ができたからだろう。

食べ残すことの大切さを、身を持って理解した53歳の秋。

 

買い物しまくり

天気も良く、コロナもなんとなく治まりつつある時勢となり、買い物客も多く見られる週末となった。

自分も出かける度に足が痛くなるので、ついにASICSの運動靴を買った。ずっとサンダル履きで歩き回っていたのだが、これはこれで通気性が良くてラクだったのだが、これからは運動靴だ。東急カードでポイントが100,000円分くらい蓄積していたので、それを少し開放。9500円の買い物。

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そのあと、南町田のグランベリーパークで猿回しの芸を楽しむ。もうソーシャルディスタンスについてうるさく言う人も減ってきている。ポストコロナの足音が聞こえてきた。

今の枕は使い続けて10年くらい、カバーの黄ばみも激しいし、寝ていていびきがひどいとヨメに文句を言われた。確かにそろそろ交換の時期かもしれない、ということで、まくらぼ、という店で枕を購入。肩幅やら3箇所をはかってもらい、オーダーメードというか、カスタマイズされた枕を購入。これが35,000円となかなかの買い物になった。先月は座椅子を買ったり、観葉植物のパキラを買ったり、通常しない出費があったので、今月は抑え気味にしようかと思っていたのだが、結局、ちょっと大きい買い物をしてしまった。

 

ツマがジブレーというケーキ屋さんでケーキを買った。

メゾン ジブレー グランベリーパーク店 (MAISON GIVRÉE ) - 南町田グランベリーパーク/ケーキ | 食べログ

850円くらいのイチゴのタルトを買ったのだが、それが激うまでした。

俺も夜にそれを少し食べたのだが、食べない方が良かったのかもしれないのだった。

それについては別の記事で書く。

 

 

沈むメダカと外圧と

メダカがまた沈み出して何か手を打たないとならなくなった。子供も、それからなんかペットや植物の栽培は、自分ごとではなくて自分以外の生き物の事情だ。それらの事情で何か動かないとならなくなるものを「外圧」と呼んでみる。この外圧がない静かで落ち着いた暮らしがいいという人もいると思う。一人暮らしの時には気楽であった。親と離れて一人でなんのペットも飼わずに暮らしている時には、こういう外圧はないと言える。が、子供ができると子供の都合で自分の行動を変えなくてはならず、何しろ毎日5:30に布団から出て弁当のおかずを用意し始めるのはまさに外圧あってこそ。一人暮らしだったなら寝ている時刻だ。親が要介護になった場合などもそうだと思う。

そういう外圧の中に、さらに観葉植物などを家に持ち込んだり、小さい小魚とはいえペットを飼ったりと、外圧を加えていくというのはどういう心理なのか。

生きがいのようなものなのか。

とりあえずメダカのエアポンプは水槽から抜き取って、その代わりに AT-20を設置して水の汚れを除去することに。もっと早くこれをつけてあげたら良かったな、と思う。死なずに済んだメダカもいたことだろうし、俺だって心を痛めずに済んだのに。

 

メダカの水槽と金魚の水槽の場所を入れ替えるために水槽を入れるラックにちょっとした工事が必要だったが、そこはツマが引き取って、木槌でトントンと直してくれた。その最中に何やら負傷したらしく「だからペットなんて飼いたくないんだよ」と文句を言われた。

センター北駅にあるペットエコ、という店で少し高いメダカをまた仕入れた。メダカの死にすぎで破産寸前だ。高級メダカの「みゆきメダカ」を仕入れた。5匹で1200円だった。稚魚なので少し安い。この稚魚たちを成魚に育てることを夢見て世話をしていこうと思う。

一晩経ったところ、まだメダカの死亡は0だ。フィルターを見ると思ったよりも汚れが緑色にみっちりついていたので、それだけ水がきれいになったということだろう。

 

なんで死ぬのかわからない、なんで枯れるのかわからない、外圧は、何しろ「外」なのでよくわからない。子供の相手も同じだ。思った通りになんてならないし、それで良い。思ってもいなかったところから植物が芽を出すのが楽しいし、メダカたちが大きくなっていったり、繁殖していったりするのは、頭で予想していたのと違う wonder な感じがして、面白いことに違いない。

思いがけないことになる、のが、人生の苦難や苦痛ではあるが、それだけではないと思う。人生の面白さも、またその中にある。

 

などと書いては見たが、いやでも、もうメダカに死なれるのは困る。

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うちの水槽。1階が金魚で2階がメダカ。いずれもドジョウを餌の食べ残し掃除要員として一匹ずつ配置。あとは300円でダイソーで買ってきたパキラも横に飾ってる。

見直した イカゲーム

昼ごはん食べながらイカゲームの続きを見てみた。驚きの展開の二話であった。ちょっと舐めてた。

拉致られた人たちは多数決でゲームの中止を選択、すげえたくさんの死人は出したが、いったんみんなは元の生活に帰ることになる。

この展開は意外だった。ライヤーゲームやら、カイジの参加するもろもろやら、神様の言うとおり、という漫画やら、理不尽な世界に巻き込まれている最中に一旦元の生活に戻る、というのはなかった。えー、帰れるのか、と、見ながら感心した。

そしてまたきっと、気持ちを新たにして、このデスゲームに挑むのだろう。

ひどい目に遭うことはわかっていながら。

死ぬかも知れないと知っていながら。ただ、金のために。