風紋

外資系のソフト会社 コンサル職のおっさんの日々

にんち

眠い時は考えが暗くなりやすい。なので、悩む前にまずは寝ておくといい。

寝る前と寝た後では世界の重さが違う。

当たり前だが、寝る前と寝た後では貯金残高は変わっていない。

だが、それを見る目が変わっている。

冷静に物事を見ているつもりでも、それはたくさんある条件下の一つの中で、外部から与えられた見方で見ているだけで、見たいようにモノを見ることなんて土台できやしないのだ。

空腹か満腹かで、世界の印象は変わる。

聴いている音楽で。

暑いか寒いかで。

昼か夜かで。

ましてや病気の時には世界はトゲトゲに見えてしまう。幸せかどうかは認知の影響を受ける。認知は環境の影響を受ける。

だから、健康を保つようにすることは幸せになるための戦略として、とても理にかなっているのだなと思った。

 

自分が今認知している世界の有り様は、じつは単に今そう見えているだけ。万華鏡のようにクルクルと変わる。

比較が人を不幸にする ネットニュースはそれを助長

「この人はあなたと違う」

という構造を誰か個人を扱うネットニュースはいつも発信している、と気づいた。

 この人はあなたよりも可哀想、とか、この人はあなたよりも恵まれているとか。

 どうなんだろう。

 人に関心を持つことはいいことなのだろうか。

 善悪はいったんおいておくとしても、ネットのニュースにはそういうのが多くて「平均貯金額」とか「株でもうけた人たち」とか、自分との比較心を刺激してくる。

 好きなものを見たらいいと思うけれど、ネットのニュースを見ると心がかき乱されることが多いから見ないようにしようと思う。それから株の掲示板も同じ。

 もう何も持っていないので、株の掲示板にも関心がない。そもそも株の掲示板に関心を抱くようなポジションを持ってはいけないのだ(と、やっとこさ気づいた)。

 

 視聴率で金を稼ぐのでネットのニュースは人の比較心を刺激するようなものが多い。しかし比較することで人の心は殺伐としてしまうように思う。比較してもどうにもならないことを比較してしまうのは不毛だ。

 彼らに配信を止めさせることはできないし、オレがやるような筋合いもない。オレはせめてネットニュースは見ないようにしよう、と改めて思う。

 Yahoo! ニュースアプリはスマホから消してしまうことにする。

 

ルポ 超高級老人ホーム

 

Youtube「この本、誰が書いてるねん」で紹介されていて、ツマが図書館で予約して借りてきてくれた一冊。

タイトル通り、高級老人ホーム(入居に数億かかる)のありさまについて、いろいろインタビューなどで調べてきた結果を書いてくれている一冊。こういう世界ものあるのだなと思う。うらやましく思うかは人それぞれだが、数億かけても得られるのはこういうことなんだな、というのがわかる。

人に尊敬されたいとか、そういう欲望がある限り、どんなに金があってもなんだかドロドロするんだなということがわかる。ドロドロはしていてもお金があれば、食事に苦労することはないようだが。冷蔵庫にあるもので「これでも作るか」と思える才覚と、それを作れる体力がある方がオレにとってはいいことのように思える。

そういう風に思えることができた、という店で、勉強になる一冊だった。

AI の導く世界

イノベーションが世界を変えていく。

昔ほど紙を使わなくなったし、外国人との会話のために飛行機に乗る必要が減った。動画でいろいろ学べるようになった、などなど。

AIも経済を揺さぶるだろう。

「考えて判断する」

という「しごと」と言われる物事の中心に座れるようになったし「創作」の分野もAIが肩代わりできるようになってきた。

お金をもらってそういうのを作ってきた人たちにはお金が入らなくなる。事務仕事は普通の人たちよりも余程優秀にこなせる。

そういうことで稼いでいた人たちは、だんだん職を失う。彼らは一体、どうやってこれから先儲けたらいいのか?

 

企業は人件費が減って儲けが増える

税金を多く払えるようになる

その税金で生活保護を拡大できる

それをもらって生きていく人たちが増える

働かずに暮らしていく人が増える

 

もしこんな風に世界が変わっていくとしたら、人は今よりも幸せになっているんだろうか。

そして企業は強くなっていき、株価は上がっていくのだろうか。購買力の下がった人たちばかり増えた世界で、一体、誰をターゲットにして企業は商売をしていくのだろうか。

オレの頭脳ではここまでしか考えられない。

 

その答えは10年後くらいには出ているのだろう。

 

大負けの価値は

大負けしたので、せめて

「でも、負けたことが結果的には人生にとってはプラスだったね」

と言えるように過ごそうと思った。

そして下のような変化が起こった。

 

1. 倹約するようになった

パチンコにはもう行かないし、買い物もよく考えてからするようになった。欲しいと思っても、本当にそれをここで買うのがベストか、考えるようになった。

 

2. 腹が立ちにくくなった

人の行動を見て腹が立ちにくくなった。

自分はダメなやつだという気持ちがベースにできたので、怒る資格なんかないという感覚が芽吹いた。卑屈になったわけではない。まあ、しょうがないか、と、思える範囲が広がった。

自分は重要だ、と思う気持ちが縮んだ。「貪」という心の三毒の一つが出にくくなった。

 

3. 鷹揚になった

ビビりにくくなった気がする。

あの大損を確定した時の気持ちは一生忘れない。心にこびりついている。

日常で起きるおおよそのことは、アレに比べたらどうってことない。腹がすわってしまった。

 

「世界は厳しい」

挫折と失敗の中で人はみんなそれを学んでいくのだろう。