16時頃に会社のメールを読んだ。いつまでも読まないで心配しているのも不安なので。
前から担当しているお客さんからの問い合わせが来ていて、少し頭を使う必要に迫られた。
あーしたらどうかな、こうするとこうだし、と、パズルを考えるように頭を使っていたら、畳を空いたスペースにピタリと嵌めるように、何かがいきなり頭の中で埋まった感じがした。
あ、今、なんか今までと変わった、と思った。
これを名付けるとしたなら、攻める心、だ。
誰かの言葉でも刺激でもなく、他のお客さんのために頭を使って、明日やるべきことについて知恵を使っているうちに、勝手に頭の部品がハマった。適応障害はそういう風に回復していくものなのだろうか。
いや、そういうことを考えられるようになっていた時点で、部品は形作られていたのかも知れない。
神さま、俺の心を健康の方角に進ませてくれてありがとう。
とは言え、まだまだ瞼はさめざめしくて、神経も尖っている感じがする。人の悪意にも善意にも敏感なのだ。