カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したときに、彼の本を1冊は読んでおきたいと思って入手したのがこの本。イギリスの執事に生涯を捧げた男が、たまたま得ることができた休暇を使ってイギリスの美しい風景を見に、そしてかつて自分が働いていた邸を去っていった、ともに働いていた女性を訪ねに旅に出て行く。旅の美しい景色と、そして思い出されるさまざまなこと。第二次世界大戦を境にイギリスは次第に国力をアメリカに渡すことになり、そして主人公も晩年を迎えつつあり、彼が心から使えていた主人も今はもうこの世にいない。
まさに黄昏時の国と人の話なのだ。
執事に人生をささげてきたスティーブンスの語り口が、とても品が良くてよんでいて気持ちが良い。そうして彼にも彼なりの悔恨や悩みがあるはずなのだが、それを「読者にすら」語ることはなく、結局心の中に押し殺したままで(でも、年をとった読者ならその押し殺されたものがわかる)この小説は終わっていく。
この押し殺されたものを感じる気持ちがないと、この小説はなんだか退屈かもしれない。
そして彼は最後の最後までまじめに、新しい主人を楽しませることに頭をひねらせている。夕方が一番美しいんだよ、と、旅先の最後の場所で彼は見知らぬ、執事を引退した男に言われる。