同情

父方の祖母と祖父が眠る寺へお参り。昨年はサボったので、今年のもろもろはその罰、ということはないと思うが、家長が祖先に対して敬いを抱いて感謝を示すことは大切なことかもしれないな、と、思い直して。

丸ノ内線に乗りながら、自分の承認要求の強さが自分を苦しめているのではないか、と、ふと自省する。対人の不安や恐怖はここからくるのではないのか。もしも世界から誰もいなくなったなら、承認要求なんて起こりようもない。

俺を不安や恐怖に引きずり落とす人たちにも、きっと同情するべき部分があって、俺はそこに目を向けられるようになれたら、俺は犠牲者なんかではないと、思い直すことができたなら、また世界は違うものに見えてくるのではないか。