ドジョウと白メダカ 1匹ずつ

水槽の場所を変えたからか、何が引き金なのかはわからないが、ドジョウの尾が腐ったようになって1匹が本日沈んだ。病気になってしまったようだ。飼い始めてから半年であった。白メダカが1匹沈んだが、水が合わなかったのか、金魚にいじめられてしまったのか、これもわからない。水族館や動物園のように、養鶏場や酪農家のように、生き物を生かし続けるとこが商売の人たちは凄いなと思う。生き物はあっさりと死んでしまうし。

ドジョウは1匹ではなんとなく寂しそうなので、また1匹を週末に補充しよう。

 

昨夜から泳ぎにくそうにしていたので、死んでしまうのではないかと気を揉んでいた。少し気になって寝にくかったし、目が覚めた時に最初にやったことはそのドジョウの生死の確認だった。しかし水の底に横たわっている現実を見たら、意外なくらいに心は静かだ。死体はわかりやすい。行方不明になった親族を懸命に探す人がいるのは、こうした心の切り替えが必要だからだろう。

わかった。あきらめよう。

そんな気持ちに無理矢理させられる。それは悲しいことに違いはないが、明確な終わりは明確な始まりも意味していて、モヤモヤした不安と希望を抱え続けるよりも心にとっては負担が小さいのかも。