趣味と親切心

一緒に働いているプロジェクトマネージャーを見ていると、この人の仕事への原動力は、使命感、だよなと思う。やらねばならぬ、という信念が彼を動かしているので、感謝されないと少し挫けるし、あなたのおかげだと言われると際限なく働ける。

それをみていると、自分はこれとは違うなぁ、と、よくわかる。

使命感とよく似ているのだが、そんな華々しい感じではない。育児所で遊んでいる子供らの中で、部屋の隅で寂しそうにしている子供を見つけて、大丈夫?一緒に遊ぼうか?と、微笑みかけてあげるような感じで仕事をしている。俺の知識と経験で、幸せになれそうな人がいたら、少し働きかけてみるくらいの感じだ。

親切心、と呼んでいる。

知らない人でも困ってそうな人がいると、つい声をかけてしまう性分である。それの延長で働いている感覚だ。なので、働きかけがうまく相手の役に立たないと少しめげる。ありがとう、の言葉は、実はそんなにはいらない。自己満足するからだ。役に立ったな、と、自分で思えればそれで良いわけだ。

そしてもう一つは、趣味的な動機。問題が起きた時にその原因を調べたい、そして、同じ問題が出たら次はもっと簡単に解決できるようになりたい。わかりやすい資料、見ていて綺麗な資料を作りたい。わかりやすい説明をしたい。これらの感覚は、自分を高めるとかではなくて、何か作品を作っている感覚だ。

料理をしていて、ここにケチャップかな、と味を足してうまく行った時のよろこび。音楽を作っていて、俺は作らないけど、ここでこの音符を半音あえてあげてみようとか、絵を描いていてここに青を重ねてみようとか、そういういいものを作っていく感じだ。

なのでメールも1通1通が俺にはかわいい作品で、書いた後、3回くらい手直しする。資料に何度も自分から手を加えるのは好きだ。なので、人に資料をいじられると気分がわるい。もう、その資料、俺のじゃない、好きにしてくれ、という気分になる。

自分でいい感じでまとまったな、と思えたものを、人が綺麗とか、わかりやすいと言ってくれるとすごくうれしい。が、誰も言ってくれなくても、自分で箱庭を作る人のようにその出来栄えで、結構勝手に幸せになれる。

そんなことを考えてみたりする午前4時。もう寝たい。